未完成はイイこと♪

2杯目のコーヒーは違う味。

友人が店をオープンさせた。

本人は「喫茶店」と言っているが枠にはハマっていないかもしれない店だった。

 

彼とは決して深い付き合いではなかった。ほんの数回だけ一緒に仕事をした関係だった。

日芸を出ていて、独特の感性を持ち、恐らく周りからは「変わり者」と言われているタイプ。

でもそれは私も同じことで、私が見る彼はいたって「普通」な男だと思う。

本職はデザイナーだと思う(笑)

 

 

彼はたまたま街ですれ違っても声をかけてくれた。それがすごいと思った。

当たり前のことだけど、私にはできることではない。

なぜなら顔を覚えていない、声を覚えていない、下手したら名前も覚えていないこともあるから(笑)

 

 

男なら「自分の店を持つ」のは一つの夢なのかもしれない。(私にはないが。。。)

 

私の仕事がなかなか忙しく、オープンして2ヶ月経過した今日、店を訪ねた。

FBなどでの投稿があったのでイメージはできていたけど、想像していたよりも広くて驚いた。

ここの「売り」はホットドッグだと思う。

 

とにかく「美味い」。

 

 

オープンに至るまでの話を色々と聞いて興味深かった。

何をするにもお金の話は尽きない。彼も苦労したはずだ。

でも会話の中で印象的だった言葉があった。

 

 

『初めから完成形を求めるから失敗するんだ』

 

 

だから彼はこれからも店を改装し続けるという。

それは物理的な「進化」かもしれない。サグラダファミリアみたいなものだろう。

 

でも彼の中にはもう一つの「完成形」があると思った。

 

 

 

私も脱サラして20年になろうとしている。

初めから仕事があったわけじゃない。もちろん夢見ていたことはある。

甘く見ていたこともある。

 

 

 

 

仕事が全くない月もあった。

でも「辞めよう」と思ったことは一度もない。

今でも「楽」をしているわけではないが、忙しくしている。

 

一つのことを続けられたのは「完成形」を求めなかったからだと、彼の言葉で気がついた。

何を以って「成功」なのかがわからない。年収なのか、贅沢な暮らしなのか、欲しいものが手に入る喜びなのか。

 

それは一杯のコーヒーを、手動のミルで挽いた時に楽しめる香りなのかもしれない。

 

つまり、その時に自分が「幸せ」と思える、ある意味の「自己満足」なのだ。

でも、それ以上の幸せはないと思う。

 

もちろん、明日になったらそれに満足しないかもしれない。

でもそれが「未完成」の「進化」であるのも確かなのだ。

シューベルトが未完成交響曲を書いているが、専門家の間でも議論が絶えない。

 

「なぜ、あそこで終わっているのか?」

 

その答えは本人しかわからない。

 

でも先述した「完成形」を求めたくなかったのかもしれない。

「完成形」を求めたら終わってしまう。

 

 

 

実は今日はコーヒーを2杯飲んだ。

彼は忠実に豆の重さを測り、水の量を計測している。

しかし、明らかにその2杯の味は違った。それが何を意味しているか?

 

 

先日の写真展である人から、ある言葉を言われた時にハッとした。

8年くらい前からの作品をアルバム(ポートフォリオ)にして自由に見てもらえるようにしていた。

その何冊かを見たその人が私に言った。

 

『今と全然、作風が違いますね。どうして変わったのですか?』

 

改めて自分で見ても確かに違う。何故って言われても

それが自然の経過だったからだろうな。

 

私は自分自身で「保守的な人間」だと思っている。だけど、それを友人などに言うとあっさり否定される。

 

『とまるさんは「そこ」に至るまでの時間を楽しめる人なんですよ』

 

誰かが言った。この言葉は全てに当てはまってしまう。

仕事にしても、女性を撮影するにしても、人生にしても。。。

 

これらのことが全てとは言わないまでも、今日のキーワードである『完成形を求めない』に当てはまる。

 

なんだか考えさせられた時間だった。。。

 

でもこの店のホットドッグは間違い無く「完成」している(笑)

 

 

 

 

 

 

OPA312 とまるおさむ
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