音楽教室の未来は?(その612)

**『 なんで? 』**

 

みな様こんにちは。

 

『発表会写真撮影・ステージ写真撮影』のピアノアーテック312 

代表の都丸です。

 

 

 本日は1月5日付 朝日新聞朝刊から『折々のことば』からです。

 

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難解なもの、手に負えぬものこそ

 

おあつらえ向きだと思っている学生の無邪気さの方が…

 

賢明なのである。

 

                テオドール・W・アドルノ

 

 

問題をひしと感じ、それと格闘するより先に、

基礎から順にと分析法ばかり説く学問の権威主義。

 

真の問題がどこにあるかを問う前に、

解決の処方ばかり教える市場のマニュアル文化。

 

いずれも問いに直面している人を問いから遠ざけてしまう。

が、そんな学生の無邪気すらもう失せた?

 

哲学者の「文学ノート1」から。

 

 

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子供って誰でも全て「天才」だと思うのです。

なぜか?

それは常に「疑問」を抱えているから。

 

見るもの、聞くもの全てに「なんで?」と母親に聞く。

親からしてみれば「くだらない」ものなので適当に流してしまうし、しつこく聞かれたらイラッとしてしまう。

 

だから「そんなの、どうでもいいの!」と叱ってしまうかもしれないのですよね。

 

でも、それって「天才」の芽を摘んでしまっているのですよ。

 

「結果」と「原因」の追求はとても大切です。

どんなことでも、この二つで成り立っています。

 

だから「成功」でも「失敗」でも問題がそこにある限り「結果」と「原因」が存在し、それを分析する必要があります。

 

その根底にあるのが「疑問」です。

その「疑問」の根底の根底にあるのが、この子供たちの「なんで?」ですよ。

 

なんでもマニュアルに従っていればいい?

ありえない。

 

こんな人達はきっと問題の本質を見失うばかりか、

「何が『わからない』のかわからない」という状態になりがち。

 

分析のしようがありません。

 

でも、時と場合によってはこの「なんで?」は本当にイライラしますよね(笑)

 

しつこく根拠を求めるのにも限度がありますが、それを追求する姿勢は失いたくありません。

 

私?

 

世の中、疑問だらけですよ(笑)