音楽教室の未来は?(その570)

**『 自身と誇り生んだ涙 』**

 

みな様こんにちは。


『発表会写真撮影・ステージ写真撮影』のピアノアーテック312 

代表の都丸です。



 本日は9月5日付 朝日新聞朝刊別紙beから『はたらく気持ち』です。

全文掲載なので少々長いです…


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人材コンサルタント企業に4月に入社したHさん(22・女性)は、向上心が強く負けず嫌いだ。


例年、この会社では2ヶ月の新入社員監修が終わると、新人全員が1ヶ月間の営業研修に入る。法人を相手に、経営者セミナーや組織診断の実施などの基本サービスを提供する会員になってもらう営業で、新規の会員獲得には自社の事業の知識はもちろん、説得力も必要になる。


Hさんは「3社以上受注し、絶対1位になる!」と宣言した。過去には受注0だった新人も多く、3社受注だと記録更新になる。


営業が始まると、すぐ出身地の関西に出張し、学生時代にアルバイトで世話になった会社社長に直談判。開始4日目に受注を獲得して、過去の最短記録を塗り替えた。

2社目は知人の紹介で経営者の懇親会に潜り込み、名刺交換した社長に猛アタックして受注。競争の先頭を走ったが3社目はさすがにすんなりとはいかなかった。


知人友人に片っ端から連絡し、あらゆる可能性を探った。

すると、大学時代の同級生が「うちの会社は社員4人のベンチャーだけど対象かな?」


すかさず訪問した。現れたのは30代半ばの若き社長。自社の説明から会員の特典までを必死に伝えた。


すると相手は「キミの熱意はすごいと思うけど、僕には全然響かない」。

加えて「規模の大きな企業事例は参考にならない」とバッサリ。

型にはまった営業スタイルに陥っていたと気付かされた。


帰社してすぐに謝罪のメールを送った。最後に「もう一度、チャンスをください」と添えることも忘れなかった。


10日後に再訪問。今度は相手の立場になってプレゼンをした。

社長から「素晴らしい」と褒めてもらえたものの、金額が折り合わなかった。

値引きは上司からNGと通達されていた。


6月末の最終日、検討中だった企業に確認していくと全て「今回は見送り」。

落ち込んでいたら先輩から「まだ3時間あるよ」と言われていき持ちを切り替え、件の社長に再び電話してみた。


「値引き以外で御社のプラスになることならなんでも私に」と、できることを列挙した。一瞬の間があり「本当にうちのことを考えてくれたんだね」。


締め切り5分前の受注だった。


1位を確信し、納会でのスピーチを考えていたら、他部署に一気に4社受注したライバルがいた。


トップを逃した悔しさに涙が出た。ただ「負けて清々しい気持ちになった」のは初めてだった。やれるだけのことはやりきって、Hさんの中に「自信と誇り」が生まれていた。



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良い話ですね。

新人が初めて体験する営業の難しさは後々の彼等の人生に大きな財産となるはず。


しかし、少々疑問も。

まず、全く未経験の新人に自社の売り込みで競争させ新規開拓の一環とする会社の思惑はどこにあるのだろう?


もちろん、新規顧客獲得はあるだろう。

新人の「経験の場」もあるだろう。

研修中にどれだけ自社のブランドを植えつけられるのか?

新人のプレゼン内容にどれだけの責任を取っているのだろう?



私が就職した頃はバブル末期で、まだ世の中は浮ついていた。

入社してすぐに中古のグランドピアノの購入を検討しているお客様の担当になった。同時に中古のアップライトピアノの購入を検討しているお客様もいた。

さらにレスナーの紹介で新品のアップライトピアノ購入の相談も受けていた。


何しろ、註文書の書き方も教えてもらっていないのだから、今思えばなんと無謀な対応だったか!


それでも全てのお客様が私を信用してくださって、契約を結ぶことができた。

特にレスナーの紹介だったお客様には一般的ならY社やK社だったのだが、私が個人的に推すD社のピアノに固着したものだから営業中の携帯電話(当時としては珍しかった)に電話をよこし「あまり無理するな」と言われた。



それでも私の熱意に心を動かされたのか翌日に私に電話を頂いて契約となった。

一番驚いたのが社長だったが、D社は入り(つまり下代)が安かったので利益幅が大きく褒められた。


自分が営業担当してピアノが売れると嬉しかった。

メーカーに受注する際の電話では「ドヤ顔」だったに違いない(笑)

それからトントン拍子に契約をとったこともあるがメーカーの営業所長まで私に頭を下げてくれた。変な気分だった。


今思えば不思議なのだが、営業で失敗らしい失敗はしたことがなかった。

まれに納品が遅れるという程度のトラブルはあったが、そこはお客様に丁寧に説明することで丸く収めた。


納品した商品に問題があったということもなく、順風満帆状態。

しかし、世間がそれを許さなかった。バブル崩壊の実感が庶民にまだ浸透し、一気に売れなくなった感じがした。


でもそれは時代の問題ではなく、自身の問題だった。

今までは黙っていても電話が鳴って引き合いがあった。なので自身で営業回りすることをしなかったし、やりかたも知らなかった。

つまり、レスナーやお客様を大切にしていなかったことになる。電話をするなり、小物販売のついでに立ち寄る、情報提供をする、新しいカタログを届けるなど基本的な営業をしていなかった。


それに気づいた時には入社して2年近くが経過していた…


同期入社がいなかったこともあるし、自分の中で『自分は調律師だから』と言い訳をしていた。メーカーの担当者が無言の圧力(笑)で迫ってくるのには焦りを感じた。


それからはとにかく動いた。

いろいろな人に話を聞いたり、アドバイスをもらったり、営業のイロハを教わったりと精力的に動いた。そうしているうちに会社との契約期間が迫り退社することになるが、その想いは次の会社での仕事に引き継ぐことができた。


この記事にある「自信と誇り」は負けて得たもの。

私はその反対。どちらが人生の肥やしになるかといえば一目瞭然と言える。

しかし、私のこの経験もまた財産だ。


それに気づくかどうかでも意味合いは変わる。