音楽教室の未来は?(その556)

**『 デジタルが消す産業の境界  』**

 

みな様こんにちは。


『発表会写真撮影・ステージ写真撮影』のピアノアーテック312・代表の都丸です。



 本日は6月21日付 朝日新聞朝刊から『仕事力』からです。

ウルトラテクノロジスト集団の「チームラボ」代表の猪子 寿之さんの3回目です。


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大人が今、子供や学生たちに聞いてはいけない質問があります。

それは「将来どういう仕事に就きたいか?」です。

大人がアドバイスできる職業は、5年、10年後には無くなっている可能性が大きい。なぜなら、ほとんどの産業にデジタルが入ってきていて、そのデジタルには産業の構造を変える力があるからです。


「アナログの方が良い」とか「デジタルは機械的で冷たい」とか、デジタルの本質を全くわからないで言葉を使っている人も多いけれど、若い人はその本質を知って仕事観を持って欲しい。


では、デジタルとは何かと言えば「情報が、物質を介在せず、単独として存在できる」ということなんです。


今のような情報社会になる前は、情報は目の前にあるリアルな物質を媒介としていた。


例えば、油絵。

人間にとって油絵はある情報で、伝えるためにはキャンバスと絵の具が必要です。

でもデジタル映像は絵の具などのリアルな媒介物質を使わずに人を感動させることができる、新しい手立てじゃないですか。


別の例を言えば、今までのスーパーマーケットは、土地の上に店を建て、商品がぎっしりと並べられ、従業員を雇って売るアナログの世界。物質の固まりです。

しかしデジタルは、商品を情報としてパソコンの中に入れてしまえるので、ネット販売がスーパーマーケットと同じ用途になる。助かる人は、きっとたくさんいるよ。

だから新たに人の役に立ち、喜ばせる仕事がデジタルによってもっともっと増える方法はないか。若い人はこれから、その人間臭い発想で知恵を絞って欲しい。




<以後省略>



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「デジタル」と「アナログ」

これは色々な分野でそれぞれの言い分がありますね。

オーディオはその最たるものでしょう。そして写真もそう。また記事の中にあるような絵画の世界もそうでしょうね。


もちろん、その他の映像芸術やスポーツの世界にも同じことが言えているかもしれません。


これに関しては私も色々と思うことはありますが、適材適所だと思っています。



この記事の冒頭にある「聞いてはいけないこと」として「将来、何になりたい?」があると記されていますが私はそうは思いません。


確かに、その職業が無くなっているかもしれませんが、そんなことは今になって始まったことではありませんし、そのくらいの子供が選択できる職業はおそらく「メジャー」なものだと思われますので今日、この日まで長らく続いてきた仕事ではないかなと思われます。


そもそも「選択肢」のことについてご自身でご指摘されていたではないですか。


まぁ、そんなことはともかく…


そもそも、将来、その仕事が存在するかしないか?ではなく、『今』何をしたいか?が重要であると思いますよ。

そして『なぜ、その仕事なのか?』の理由も大切です。

私は決してその質問が無意味であるとは思いません。



確かに、最後に記されているようにデジタルを駆使してもっと人の役にたって、人を喜ばせる方法はないか?と考えることは大変有意義なことです。

それは人間の代わりにデジタルで補う感覚もあるし、情報伝達の速さを活かす感覚もあります。


デジタルとアナログは永遠にお互いを認め合う存在でなければならないのでは?



今現在、音楽教室に通う子供たちの中に「将来はピアノの先生になりたい♪」と思う子も多くいると思います。


彼らが大人になる10年後・20年後に「ピアノ講師」という仕事が無くなっているということは恐らくないと思う。

でも教え方は変わっているかもしれない。


ただ「ピアノ」(他の楽器も含め)という『ハード』は変わらないと思うし、それを扱うのが人間である以上、音楽という思考はデジタルにはなり得ない。

人間が大きな手間となる仕事を代役としてこなしてくれるのがデジタルになることは今もすでにある。


デジタルを使っても人間の持つ『感覚』までは入ってこられない領域であってほしい。


『将来はピアノの先生になりたい♪』


そう言ってくれる子供たちが多くなることを祈っている。