音楽教室の未来は?(その541)

**『 名前の巧 』**

 

みな様こんにちは。


『発表会写真撮影・ステージ写真撮影』のピアノアーテック312 

代表の都丸です。

 

 

 本日は5月14日付 朝日新聞「天声人語」からです。



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芸術に接する時に、どうも当方、名前や権威にいささか弱い。

絵にせよ陶芸にせよ、あまりピンとこなくても、大家の作と知れば「ほぉ」となる。仏像なども、重要文化財より国宝に見える方が背筋は伸びる心地がする。

我ながら情けないが多かれ少なかれ人間、そんなものだろう。


さて、これも作者の名前の巧か。ピカソの油彩画「アルジェの女たち」が約215億円で落札された。美術品としては競売史上最高額という。

連作の一つで、18年前の競売では5分の1以下の値だった。今回の高値の理由はわからないが、天才の名前抜きには語れまい。素人目ながらピカソらしい色と図柄でもある。


ピカソの絵は11年前にも当時の最高額をつけ、アメリカ駐在だった筆者は記事を送ったものだ。「彼の絵の値段を全て足したら、一体いくらになる」と米紙の記者が肩をすぼめていた。


1年前、イタリアからこんな話題が届いたのを思い出す。

工場で働く男性が40年前、競売にかけられた静物画を3千円ほどで買い取った。長年台所に飾って眺めていたが、その絵は盗まれた大画家ゴーギャンの作とわかった。14億円の価値はあるようだと同僚の記者は伝えた。


数奇な話もさることながら、画家の名前ではなく、自分が良いと感じた絵を大切にしてきたその人が清々しかった。


感動や名前は権威にはない。自分の感性の赴くままに。

教わった気がした。




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日本人はとかく「肩書き」に弱いですよね。

だから隠れた名作がたくさんあるはずなんです。日本には。


ある程度名前が売れてくると、それだけで認められてしまう。

確かに、それだけの価値はあるとは思います。

でも名人にだって失敗や駄作はある。



記憶に遠くなってしまったが、ゴーストライター事件も同じようなものだ。

耳が聞こえない作曲家が心打つ曲を発表し、また震災被災者の少女との交流を美談として世に広めた。


しかし、ゴーストライターの存在が明らかになり、本人も実は耳が聞こえると報道され一躍「悪役」になってしまった。


これもおかしな話だ。

以前にも何度かここで話したと思う。障害者が作ったから美談なのか?

だとすると、ものすごい「差別」であり「偏見」だ。


盲目のピアニストが活躍されていますね。彼に注がれる視線も同様なら一番悲しいのは彼本人だ。


いずれにしても、そうした「ドラマ」を日本人は好む。

そして「肩書き」が大好きな国民だ。


絵画にしろ、陶芸にしろ、写真にしろ、音楽にしろ、とにかく作者の名前を完全に伏せて披露(公開)した時にどれだけの人が「大御所」の作を見抜けるか?


そもそも、大切なのは「大御所の作」を見抜くことじゃない。

素直に自分が感動できるかどうか?だ。

そうした「素直な感情」が日本人には不足しているのではないかな。


それは教育にしても、商品販売にしても、何にしても同様。

感じ方は個人それぞれなのだから、個人が「良い」と思えるならばそれでいい。


ブランドになるにはそれなりの魅力や価値があるのは認める。

しかし、私が再三記す「パーソナルブランド」も個人に存在するのだ。


肩書きや世間に振り回されることなく、自身の信念を持って品定めできる人は清々しい。


音楽教室にしても然り。

個人で細々運営しているレスナーでも生徒との周波数が合えばメキメキと力をつけ、一流の音楽家になるだろう。


自分に合ったモノを探す。これも楽しみの一つになるはずだ。