音楽教室の未来は?(その516)

**『 冷蔵庫手放し、五感いきいき 』**

 

みな様こんにちは。


『発表会写真撮影・ステージ写真撮影』のピアノアーテック312 代表の都丸です。

 

 

本日は2月17日付 朝日新聞朝刊『リレーオピニオン』です。

金継師の黒田 雪子 さんです。


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ここが台所です。古い家なので寒いですよね。

冷蔵庫ですか?手放しました。炊飯器もない。15年ほど前に相次いで壊れてしまって、買い換えるお金もなかったので。


案外困りませんでした。夏場はおかずの作り置きはできないけれど、肉や魚はその日のうちに食べる分を買えばいい。野菜は漬物にすれば保存もできます。

考えてみれば東京では身近にスーパーやコンビニがある。歩いて行ける範囲に大きな冷蔵庫があるようなものです。ご飯も釜で十分炊けます。



<中略>


学校を卒業後、グラフィックデザインの仕事に就きました。稼いだお金で好きなものを買えることが誇らしく、ブランドの服を買ったりもしました。バブル時代でした。


でも次第に、心の中が殺風景になってきた。デザインの仕事も「早く安く」という要求が強まってきていて、のんびりした性格のせいか、自分には向いていないと悩み始めたのです。


そんな頃にであったのが保存食です。きっかけは大家さんが庭の梅の実を下さったこと。図書館で本を借りて生まれて初めて梅干しを漬けてみた。家にあったアルミの寸胴でね。


そしたらなんと、梅の酸で鍋の底が溶けてしまったのです。ビックリすると同時に俄然興味がわいた。


人の思う通りににならない世界に惹かれたのだと思います。

みそ、漬物、色々と挑戦しました。どれも自然の力を信じて待つしかない時間が長い。それがなんとも楽しいのです。


世の中のスピードはどんどん速まり、効率性はますます重視される世の中です。でもそればかりに目を向けていると別の豊かな世界を見逃してしまうのではないでしょうか?


便利や効率を手放すことの中に、何か大切なヒントが隠れているような気がします。



<以後略>



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『捨ててこそ』の第7弾です。


野菜を買いだめしておいて、冷蔵庫の奥の方に追いやり、その存在を忘れてまた同じ野菜を買ってくる。。。数ヶ月後に変わり果てた姿の野菜を発見した。


そんなことは誰しも経験があるのではないでしょうか?本当にもったいない。


私は冷蔵庫にしても炊飯器にしても必要なものだとは思っています。

便利なものを使うことはやはり色々な意味で生活を楽にします。

そこで生まれた時間や空間で何かができるのであれば活用するべきです。


ただ、問題なのはその使い方。

先ほどの例のように、無駄が生じるような使い方では意味がありません。

それはパソコンも同じことです。


要はうまく活用することができればいいのです。道具なのですから。


さて、この黒田さんの肩書きである「金継師」というのは壊れた陶器の傷を直して金や銀で化粧する伝統できな修理法で陶器と向き合う職人とも言えます。

以前、テレビでその仕事を見たような記憶があります。



手放したことで、それに関する五感が研ぎ澄まされたと記されています。

私も同感です。


以前にも記しましたが、車を止めてかから徒歩や公共交通機関を利用するようになり色々な見方が変わりました。


「こんな所に、こんなお見せがあったのか!」

「こんな所に、こんな花が咲いていたのか!」

「こんな所に、こんな公園があったのか!」


それらは本当に新しい発見であり、ワクワクするものでもあります。

もちろん、車でなければ行けない所もあるのですから反対も言えますよね。

それを言ってはキリがありませんが…



今、田舎暮らしが注目を浴びています。リタイアされた方だけでなく、子供が小さい若い夫婦でさえもそうした気持ちが大きくなりつつあるようです。

色々と不便が生じるのは100も承知でしょうから、なんらかの気持ちの変化でしょうね。



さて、今まで多くの「捨てる」をお伝えしてきましたが、皆様はどのようにお考えになられているでしょうか?


まだまだこのシリーズは続くと思いますが、そろそろご自身の周りでも少しずつ「捨てる」ことを実践してみてはいかがでしょう?


ご自身のお考え、仕事について、もちろん家の中の不要な物、会社のデスクの上などなど…



何かが生まれると思いますよ。。。